はじめに

1.「A rising tide lifts all boats―上げ潮はすべての船を持ち上げる」という格言があります。

2. これに例えられるように、シンガポール訴訟における「第三者による費用負担（Third-party Funding）」に関する最近の規制緩和に伴い、シンガポールにおける紛争解決の増加傾向（上げ潮）が加速しています。第三者による費用負担は2017年初頭に民事法（Civil Law Act）が改正され国 際仲裁において許容されて以来、シンガポールにおける紛争解決の一つの特徴となってきました。改正後、シンガポールには相当数の費用負担者がシンガポールに押し寄せ、絶えることなく新たな費用負担者が加わっています。これが、シンガポールにおける第三者による費用負担に関する規制緩和の第一波でした。

3. そして、今、第二波が到達しました。これまで、第三者による費用負担は国際仲裁に限られていましたが、民事法と第三者による費用負担に関する規則（Civil Law (Third-Party Funding) (Amendment) Regulations 2021）が2021年6月28日に新しく施行されたことで、第三者による費用負担は以下の類型においても利用できることになりました。

1. 国際仲裁及び国内における仲裁
2. 仲裁に関する裁判手続
3. 仲裁に関する調停手続
4. シンガポール国際商事裁判所（SICC）における手続（および関連する上訴）
5. SICCにおける手続に関連した調停手続

4. SICCにおける手続きにおいて費用負担が許容されたことで、SICC手続きにおける代理について規定した2014年弁護士法規則（Legal Profession (Representation in SICC) Rules 2014）も見直される予定です。関連する改正としては、第三者による費用負担が生じた場合の敗訴者の費用負担やその担保に関する法廷規則も改正される予定です。

5. 今回の改正により、国内の仲裁手続及びSICC手続き、それらに関する裁判・調停手続まで第三者による費用負担が広がりました。

6. 国内の仲裁手続及びSICCにおける手続きにまで含まれたことに関係して、シンガポールにのみ紛争の対象が所在する場合も、紛争の双方の当事者がシンガポールに営業所を有する場合も、第三者による費用負担は当事者の選択肢になります。

7. SICCにおける手続きが含まれたことで、これまで第三者による費用負担なしでは紛争解決を諦めざるを得なかったような当事者も、SICCの数ある独自性（国際紛争で世界的にも著名な判事たち、シンガポール以外の法曹資格者に代理されること、シンガポールにおける証拠法に拘束されないこと等）を活用することができます。

第三者による費用負担の利点

8. 第三者による費用負担は紛争解決に関するリスク管理に重要な手段を企業に提供します。紛争解決はしばしば費用がかかります。見返りは確実に保証されるものではありません。第三者による費用負担は、とりわけ相当の費用が掛かる場合や、当事者のキャッシュフローに問題がある場合に、価値のある訴求を審理する機会を与えます。

9. 価値ある訴求であっても、法外な紛争解決コストのため、もしくは相手方が判決や判断で確定した債務を支払うことができないだろうと疑って、多くの当事者は法的な権利を諦めることを余儀なくされます。この問題はパンデックによりさらに明るみになりました。パンデミックにより紛争が増加し、多くの企業が倒産の危機の高まりに直面しています。一部の企業にとっては、第三者による費用負担は法的権利を追求して、沈みゆく状況から生き残る唯一の方法となりえます。大半の費用負担者は返金不要の前提で資金を提供します。訴求が不首尾に終わった場合、請求人は追加で何か支払う必要がありません。訴訟に関する費用は、多くの場合、企業が自身のキャッシュフローの見通しに予め含めるものではありません。第三者による費用負担が可能になったことで、企業はキャッシュフローの管理がしやすくなり、高額な訴訟のコストを前払いせずに訴求することができます。

10. 裁判上の請求を行う資金を有している場合であっても、第三者による費用負担は、請求を一部分にすることと引き換えに、紛争解決におけるリスク管理の良い方法となりえます。企業に裁判手続以外に投資をすることを可能にし、費用に対するプレッシャーを和らげ、進行中の紛争解決手続に関する資金問題や費用に対するプレッシャーを和らげることができます。

11. 第三者による費用負担が紛争解決の資金繰りに利用できると知ることで、事業計画を容易にします。事業を拡大しようとする企業にとって、事業拡大はキャッシュフローを枯渇させ、訴訟対応を不可能にしかねないため、大型契約を締結することに躊躇いがちです。第三者による費用負担は、こうした恐れを軽減し、企業がより大型契約や賭けに自信をもって取り組むことを可能にします。

12. また、第三者による費用負担は訴求するかの決定においても有用な選別フィルターとして機能します。基本的に訴求の結果に期待して投資する場合、費用負担者は資金提供前に訴求の価値を厳格に誠実に調査します。この客観的な分析は、当該事案の強みを当事者が評価し、当事者が訴求するかどうか（もしくは実際に処理するかどうか）判断することの助けになります。

13. 第三者による費用負担を確保することは、それがない場合に中間判決の申立てを通じて請求人を抑圧して動けなくすることを目的とするような相手方の濫用的・抑圧的なふるまいを抑止するかもしれません。これは紛争のより迅速な解決や訴求の結果が実現される可能性を高めることに帰着しうるものです。第三者によって厳格に調査された上で資金援助を受けた訴求であることを知れば、相手方も進んで解決するでしょう。

第三者による費用負担の問題点

14. こうした利点にも関わらず、第三者による費用負担には懸念がないわけではありません。基本的に、紛争の価値に本来は関係を持たない第三者の影響が裁判手続に及ぶことに、第三者による費用負担の問題があります。しかし、シンガポールはこうした問題を解決する内容を規制に織り込んでいます。

15. シンガポールは第三者による費用負担の規制に巧妙なアプローチを取っています。開示と透明性を強調し、他方で柔軟性や自主性を制限する規則を避けようとしています。

16. 弁護士職務規則（Professional Conduct Rules）の下、実務家は裁判所や仲裁廷、そして手続のど の当事者に対しても、費用負担の契約の存在及び費用負担者の住所を含めた情報を特定して開示しなければなりません。これは費用負担者そして仲裁人の間の利益相反を防ぐことを可能にします。

17. また、弁護士職務規則は実務家に対し、顧客との間で費用負担の契約を結ぶ第三者から委任を受けたり、当該第三者に対して持ち分を有することを禁じます。

18. 第三者の費用負担に関する法的規制は、シンガポール国際仲裁センター（SIAC）やシンガポール法律家協会（Law Society of Singapore）などの機関が奨励するガイドラインやソフトローによって 補足されます。例として、シンガポール法律家協会は費用負担者と請求人との間の利益相反のリスクを軽減するよう企図されている資金契約を推奨しています。

19. シンガポールでは、費用負担する第三者は、主たる事業として資金提供を行うこと、提訴や潜在的な提訴に向けた資金の提供が求められています。この被請求人サイド（反対請求の場合を除きます）や非商業的な資金提供（プロ・ボノとしての資金提供や、資金提供を本業としない個人や企業からの資金提供など）を排除します。

結論

20. 第三者による費用負担の重要性は増えるばかりです。シンガポールにおける第三者による費用負担に関する最近の法令変更は、まだ段階的アプローチの一部にしか過ぎません。第三者による費用負担と同様のカテゴリーの条件付成功報酬契約（Conditional Fee Agreements (CFAs)）のように、より多くの変更がなされると予測しています。

21. 第三者による費用負担は確実に紛争解決や仲裁手続を活性化します。第三者による費用負担に関するこの「潮の流れ」に乗って、シンガポールにおける紛争解決がさらに活性化するのか、あるいは第三の緩和の波がやって来るのか、未だ分かりません。しかし確実に言えることは、紛争解決へのアクセス向上の兆しが見えてきて、正当な法的請求権があるにも関わらず資金を持たない当事者が行動を起こすことができるようになってきた、ということです。