今年の世界知的所有権の日(World Intellectual Property Day)に、シンガポール知的財産庁(IP Office of Singapore、以下「IPOS」)はSingapore’s 2013 IP Hub Master Plan (and 2017 updates)を基づいたSingapore Intellectual Property Strategy 2030(以下「SIPS 2030」)を発表しました。SIPS 2030は、企業が自らの無形資産や知的財産(以下「IP」といい、無形財産と総称して「IA/IP」)を保護、管理、取引する環境を整備し、シンガポールが世界最高のIP制度を維持することを目的としています。このSIPS 2030は相互に関連する3つの主題から成ります。すなわち、シンガポールをIA/IPの国際的な中心地とすること、IA/IPを所有する革新的な企業を惹きつけ成長させること、そして、IA/IPに関係する優れた職業や価値あるスキルを発展させることです。本記事ではこのSIPS2030を支援する目的のもと最近開催されたIP Week @ SG 2021で明らかになった、政府のイニシアティブについて解説します。
World Trademark Reviewによる2020年度調査によれば、IPOSは世界で最も革新的なIP登録所と評価されています。IPOSの最近の新機軸としてはIPOS GOモバイルアプリの機能向上が挙げられ、このアプリでは新たな検索機能を使うことができます。また、IPOSはIA/IPを管理し商品化するのに必要なサービス及び専門技術のための新しいオンライン市場を発表しました。IPOSが運営するIP Business and Legal Clinicsの活動範囲は今後も拡大が見込まれ、企業はさらにIP分野の法律専門家たちからアドバイスを得ることができるようになります。
次のイニシアティブも企業が期待しうるものでしょう。信頼のおけるIA価値評価エコシステム の開発です。ビジネスにおけるIA/IPの重要性が高まり、IP/APから価値を見出す必要性を認識したシンガポール政府は、国際的なIA価値評価の専門家達と連携し、IA価値評価の基準やガイドラインの開発を主導することを企図しています。一貫して信頼のおける、国際的に認められた基準の確立により、IA/IPの所有者はこれらの資産を現金化したり、成長に向けた資金調達などによる収益力向上を容易にできるようになります。
国際的・地域的な協力が、シンガポールが引き続きIPハブの役割を担うためには不可欠です。IPOSは、特許審査ハイウェイ(Patent Prosecution Highway) の中国国家知識産権局(China National Intellectual Property Administration:以下「CNIPA」)との連動を追加5年延長することを発表しました。この取り決めにより、特許がIPOSかCNIPAのどちらで初めに申請されたかに関わらず、申請者はどちらかの一方のIP登録所の審査結果に依拠し、迅速な特許申請を行うことができます。アセアン地域のIP枠組みの向上を目指した、ASEAN Working Group on IP Corporationによる継続的な取組みに加え、アセアン地域のIPノウハウ向上を目的とした、オンラインのASEAN IP AcademyがASEAN IPポータル内に設置され、シンガポールがホスト国となっています。
人材が重要な資源であると認識したシンガポールはSkillsFuture Study Award for IPという訓練スキームにも資金と投下し、IPに関する能力開発、産業により沿ったIPスキル開発の訓練助成金を提供しています。また、IPOSはシンガポール経営大学(Singapore Management University)の法学部Yong Pung How School of Lawと提携し、IP分野のリーダー養成プログラムのモニターも行っています。本プログラムに参加する法学部3、4年生は、上記IPOSのIP Legal Clinicsの中で参加法律事務所から指導を受けることになります。
また、IPOS は「Acting as a Witness in a Patent Dispute」というコースを開設し、IP・テクノロジー関連の裁判手続や仲裁手続をサポートできる、シンガポールに拠点を置くIP専門家の証人の名簿を作成しました。この名簿は幅広い産業に精通した16人の専門家で構成されています。これらの取組みは、シンガポールがIP紛争解決地として選ばれるという目標の達成に寄与するものです。
SIPS 2030と共に、シンガポールは今後もIA/IPの基盤を作り上げ、それを同国の経済の主要な推進力としていきます。近時の発表は、企業がIA/IPに関する戦術を真剣に検討しパンデミック後の世界がもたらすであろう新たな課題に備えるべきだと、よいタイミングで気づかせるものだと捉えるべきでしょう。
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