2023年1月12日、シンガポール国際仲裁センター(SIAC:Singapore International Arbitration Centre)は、そのモデル仲裁条項を改正しました。
SIACのモデル仲裁条項のウェブページ(参照:https://siac.org.sg/siac-model-clauses)を見ると、適用法条項の推奨がひっそりと追加されています。 これは、以前にはなかったものであり、Anupam Mittal v Westbridge Ventures II Investment Holdings [2022] SGCA事件(以下「Mittal事件」といいます。)(参照:https://www.elitigation.sg/gd/gd/2023_SGCA_1/pdf)の判決がなされた後に追加されたものです。
以下、その理由について説明します。
紛争が仲裁不能(non-arbitrable)であると主張することは、仲裁を回避しようとする当事者が取る古典的な戦術です。これは、シンガポールや香港のようなアジア太平洋地域の確立された仲裁地と比較して、どのような紛争が仲裁による解決が不可能であるかについて、より広範な政策的見解を取っている同地域の法域で生じた紛争にしばしば見られます。
最近のMittal事件において、シンガポール上訴法廷は、仲裁可能性(arbitrability)の有無は、仲裁判断前の段階において、第一に仲裁合意の準拠法を参照することにより決定されるものと判示しました。
Mittal事件の事実関係は、概要、以下の通りです。
この質問に対する考えられる回答は、 (a) 仲裁合意の準拠法、又は(b) 仲裁地の法(本件の場合、シンガポール法)でした。高等法廷(High Court)の裁判官は、仲裁地の法であると判示しました。シンガポールでは、高等法廷が第一審裁判所として下した判断に対して上訴法廷に上訴することができるため、この問題は未だ決着が付いていませんでした。 上訴法廷では、プライベート・エクイティ・ファンドは、高等法廷の判断に異議を唱え、仲裁可能性は仲裁合意の準拠法(彼らの主張ではインド法)に準拠すると主張しました。 本件において、上訴法廷は、紛争の仲裁可能性は、第一に、仲裁合意の準拠法によって決定されると判示しました。それが外国法であり、当該外国法が当該紛争の主題(subject matter)を仲裁できないと定めている場合、そのような仲裁合意を実行することは当該外国の公共政策に反するため、シンガポールの裁判所は、仲裁を進めることを認めないでしょう。
仲裁合意の準拠法が何であるかを決定するにあたり、上訴法廷は、以前にBCY v BCZ [2017] 3 SLR 357 (BCY) 判決で示された3段階テストを適用したところ、その概要は以下の通りです。
Mittal事件の影響は非常に大きく、当該判決内容を踏まえて、契約書の起草段階において、根本的な変更が必要となります。すなわち、主たる契約の準拠法だけでなく、仲裁合意の法を指定することが必要となります。
たとえば、シンガポールと日本は、いずれも仲裁の利用を促進している国です。
シンガポール法では、公共政策に反しない限り、すべての紛争は仲裁可能であるとされています(国際仲裁法第11条1項参照)。紛争に公益的要素がある場合、または第三者が訴訟の結果に利害関係を持つ場合は、仲裁の対象とはなりません。仲裁することが公共政策に反すると認められているのは、市民権、婚姻の合法性、法定免許の付与、会社の清算、破産、遺産の管理など、ごく限られた紛争主題だけです。
日本も仲裁可能性について類似の立場をとっており、仲裁法第13条第1項は、「仲裁合意は、法令に別段の定めがある場合を除き、当事者が和解をすることができる民事上の紛争(離婚又は離縁の紛争を除く。)を対象とする場合に限り、その効力を有する。」と規定しています。
すなわち、当事者間で和解できない民事紛争は仲裁の対象とはなりません。たとえば、株主総会決議取消請求や無効確認請求(会社法831条、830条)などは、訴訟上の和解ができないと解されており、仲裁可能性も認められないものと考えられます。
このように、広範な紛争の仲裁を認めるという類似したアプローチをとる2つの法域においてさえ、仲裁可能性について異なるニュアンスが存在します。 そのため、異なる法域において仲裁可能性が認められる範囲に差異があるおそれを考慮すると、Mittal事件を踏まえて、契約当事者が仲裁地と仲裁合意の準拠法の両方について、シンガポールなど、仲裁促進的であり、かつ、仲裁可能性が制約されていない国を選択することが重要であると考えられます。
今後、SIACを仲裁機関とする紛争解決条項を起草する際には、仲裁合意の準拠法に関する条項を盛り込むよう注意してください。特に、主たる契約の準拠法が、仲裁可能性を大きく制約している場合には、注意が必要です。
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